序章――ファーストインパクト
2年前――アメリカ。
街はオートボットとディセプティコンの戦いで滅茶苦茶になって居た。
人々はただ逃げ惑い、初めて見る巨大な超ロボット生命体同士の戦いに混乱するしかなかった。
そんな中に、彼女も居た。
黒い瞳を見開き、彼らの戦いをじっと見つめている。
怖くない、と言えば嘘になる。彼女のジーンズのポケットに仕舞われていたトーシバ製の携帯電話は変形し、支離滅裂に暴れている。
だがしかし、彼女にとっては、今までアニメの中だけの世界だと思っていたロボット同士の戦いに興味深々と言うのが本音だった。
「これ・・・夢じゃないよね」
自然にそう呟いたが、オートボットたちの立ち回りの所為で長い黒髪は乱れ、瓦礫と化した建物の破片は容赦なく体を打つ。これはまぎれもない現実なのだ。
ただ立ち尽くして戦いの一部始終を見ている彼女の視界に、美しいシルバーのオートボットが飛び込んできた。
「カッコいい」
彼女は自分も命の危険に晒されている事を忘れて、彼に見入ってしまった。
その声に反応したのかは解らないが、銀色のオートボットは一瞬彼女の方を見て、視線が合った。
「いいから逃げろ」
その瞳はそう言っているようだった。
「でも・・・」
その先は言葉にならなかった。彼女は彼に一目惚れしてしまったと言っても過言ではなかった。
ただ、此処に居て彼の無事を祈る事、それだけしか出来ない自分を歯がゆく思いながら。
彼の足を引っ張るような事になってはいけない。それだけを思い、彼女は建物の影に身を隠す。視線はじっと真っ直ぐに彼を見たまま。
だがしかし、待っていたのは残酷な現実であった。
ディセプティコンのリーダー、メガトロンと対峙した彼――ジャズは、儚くもその身を引きちぎられてしまったのだから。
「いやあああああああああ!!!」
理性などすべて消し飛んで、彼女は叫び、涙を流す。
どうして、どうして彼が。どうして殺されなきゃいけないの?そう言う思いだけが、彼女の脳を支配していた。
私も、私も機械の体だったら・・・勝つのは無理でも、敵討ちの為に一矢報いる事が出来たかも知れないのに。
戦いは、終わった。
勇敢な人間の少年の手によって、メガトロンは倒された。
しかし、彼は帰ってこない。
常に指揮を取っていたロボット――オートボットのリーダー、オプティマスプライムが、彼…ジャズの無残な残骸を抱えている。
こんな何の関係もない人間が話しかけても、気付かれないかもしれないし一蹴されるかも知れない。
そんな思いは何処かに吹っ飛んで居た。
「あの…彼は…その、助かるんですか!?」
「君は…?」
オプティマスは怪訝そうな顔で小柄な人間の顔を見た。
「私は、きっとこの人が居なければ死んでいたかも知れないんです。それなのに、こんな…」
彼女は全く冷静さを欠いていた。本来ならば英語でなければ通じないかも知れない、と思って片言の英語で喋るのだが、そんな事はすっかり忘れて、彼女の母国語、日本語で話していた。
無論、インターネットで地球の事を学んだオプティマスである。彼女の発音、人間の中でも殊更低い身長や黒い髪と瞳、そのような事から推測して彼女がユーラシア大陸に張り付くように浮かんでいる島国国家で使われている言葉を喋っている事を瞬時に理解した。
「ジャズを助けられなかった事を、責めているのか?」
日本語で返答が返ってきた事に彼女は若干の驚きを感じつつも、昂ぶる感情を抑えられず捲くし立てるように喋る。
「名誉の戦死と言って美談にするのは簡単です。ですがどうして、彼が、彼だけがこのような目に合わねばいけなかったのですか?」
其処へ、黄緑色のロボットが口を挟む。
「絶対に回復の見込みがないとは言えない」彼は淡々と喋る。「だがお嬢さん、絶対、とは約束出来ない。無論、最善は尽くすがね」
「貴方は…お医者様?」
「軍医のラチェットだ」
「軍医様…お願いします」彼女は地面に跪き、頭も地表に付かんばかりに下げる。極東の人間独特の「土下座」と言う最上級のお願いのポーズだとラチェットは理解した。「私が何か出来る事は…ありません、よね…」
「ふむ」ラチェットは首を傾げる。「確かに、人間がジャズのリペアを手伝えるとは思えない」
「やっぱり、そうですよね…」
彼女はがっくりと肩を落とす。非日常に突然置かれて忘れかけていたが、彼女は何の取り得もない平凡な人間なのだ。
「でもお嬢さん」ラチェットに声を掛けられ、彼女は上を向く。「我々より少しだけは、この星に付いて詳しいだろう?」
「まあ、一応20年ちょっとは生きてますから」
涙と埃にまみれて汚れた彼女の顔が、初めて少しだけ微笑を見せた。
「あ、名前すら私、まだ名乗ってませんでしたね、ごめんなさい!私はカスミ。ご明察の通り、日本と言う国に住んでいる人間です」
つづく。